火花

 ぱちぱちっ、と火の粉が爆ぜて、太い枯れ枝がゆっくり崩れた。時人は何も言わずに、集めておいた小枝を拾って火の中に投げ入れた。
「何を笑ってるんだよ」
「笑ってなんかいませんよ?」
「嘘。口元が緩んでる」
 私は別の小枝を拾い、焚き火の根元に差し込んだ。
「いえ、貴女も大分こういう野営には慣れてきたのかなと思ったんです。笑っていたつもりはありませんでしたが」
 火の勢いが少しあがって、しんとした夜の空気を震わせる。
「知り合った時の貴女は、本当に世間知らずだったものなのに」
「けなしてるの?アキラ君」
「褒めてるんですよ」
 本心だったが、時人はお気に召さなかったようで。
「もう知らない。先に寝るよ」
「おやすみなさい、時人」
 岩の壁に寄りかかって、時人は膝を抱えた。私は、今度こそ口元に微笑みがのぼってくるのを意識しながら、いい匂いのする夜風を吸って、吐いた。風に木のこずえはさわさわと揺れ、どこかで夜の鳥が鳴くのが聞こえる。それは夜が私たちふたりにやさしく、何の心配もないように包んでくれているようだった。
 自分がこんな心持ちでいるのが不思議だった。殊に、こんなふうに物事を考えるときに“私たちふたり”なんて表現が浮かんでくることが。
 「時人?」
 さっきより身体が温かいような気がしてふと見ると、時人が私の右肩に寄りかかって小さな寝息を立てていた。重い肩をなぜか幸せに感じて、少し驚く。いや、そんなに驚くこともないのかもしれない。左手を伸ばして、そっと彼女の頬に触れてみる。それはあの日見たままのやわらかい肌。
 焚き火がまた鋭い音を立て、私は我に返った。あぶないあぶない、飛び火はごめんだ。少し苦笑い、そして膝の前で両指を組む。私の心を知ってか知らずか、焚き火はぱちぱち燃え続け、私たちふたりの湿った爪先を暖めた。
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