こたつみかん
「ちょっと、時人」
返事がない。というか、これはわかって無視している。
「時人。私が何を言いたいかわかりますよね?」
「僕が知るわけないじゃない」
「冷たい足をくっつけてくるなと言ってるんです」
こたつの中で軽く蹴飛ばす。
「……だって寒いんだもの」
「人の足で暖をとるとは、まったく図々しいですね」
蹴飛ばし返される。で、またくっつけられる。
「みかん取って」
「は?」
「みかん取ってって言ったんだけど」
私は呆れて肩をすくめた。
「自分で取ればいいじゃないですか」
「アキラの方が近いでしょ」
「じゃ、テレビ付けて下さい。時人のすぐ後ろにあるんですから」
みかんを剥いて口に放り込む。噛むとじゅわっと甘味が広がる。
「今年のみかんは出来がいいですね」
「テレビってなんだよ。君、見えないだろ!」
「テレビでやっているのは、無声映画だけでしたっけ?」
ぐっと詰まる時人はあまりにも可愛くて仕方がない。みかんを取って手の中でぽんぽん弾ませてみせると、時人が食って掛かってきた。
「早くちょうだいよ!」
「で、テレビ」
はっしと睨み合った(語弊があるが)のち、時人は舌打ちしてリモコンを放り投げてきた。私もみかんを転がしてやると、時人がコンと手で払う。みかんが私の手元にころころ戻ってくる。
「いらないんですか?」
「僕にも剥いて」
「何言ってるんですか、子供じゃあるまいし」
時人はとんと天板を叩いて口を尖らせた。
「僕、子供だから」
「年齢はあなたの方が上でしょうに」
「傍目には僕が下なんだし」
そのむちゃくちゃな理屈はなんだ!しかし思わず笑ってしまったので、私は剥いてやることにした。丁寧に渋も取ってやり、綺麗にそろえて時人の方へ押しやった。
「はい、どうぞ」
時人が食べだしたので、私はようやくテレビを付けた。バラエティ、ニュース、ドキュメンタリー……チャンネルを変えつつふと気づく。時人が食べるのを止めていた。
「どうしました?」
時人は口を結んでみかんを私の方に返してきた。
「美味しくなかったですか」
「美味しいけど」
「じゃ、どうして?」
時人はしばらく黙っていたが、ぷいと立ち上がり私の横に無理矢理座った。
「な、なにするんですか。狭いったらない」
「だって向こう側テレビ見えないんだもの」
リモコンを私から奪い、みかんでほおを膨らませながら、今度は時人がつぎつぎチャンネルを変える。いろいろな音があふれては消え消えてはあふれ、音量も上げていっそうにぎやかになる。
「これじゃ何がやってるかわからないですよ」
「だってつまんない番組ばっかり」
その時、たくさんの人であふれる夜の神社の中継がぱっと入った。夜店はかまびすしく、年の瀬の雰囲気。私はなんとなくしみじみした。
「それにしても、異なものです」
「なにが?」
「無理矢理ついてきたあなたがまだここにいるなんて」
2個めのみかんを今度は自分で剥きながら、時人はちょっと私を睨んだ。
「だって、絶対もう一度戦ってもらうんだから!」
「それで一緒に年を越すことになるなんてね」
その時、ぼーん……ぼーん、と遠くでくぐもった音が聞こえてきた。
「あ、除夜の鐘」
「そうみたいですね」
テレビはカウントダウンイベントを待つ人々の中継に変わっていた。テンションの高い司会の叫び声と、人々の熱気が伝わってくる。ただ単に日付が変わるだけなのに、こんなに騒ぐ必要もない。そう思っていたが、なんだか今年は楽しいように思えてきた。
『3 …… 2 …… 1……
あけましておめでとうございまーーーーす!』
遠くから花火の音も聞こえた。何がこんなに嬉しいのか、自分でもよくわからない。みかんを取ろうとすると、時人と手が重なった。時人の方が早かったけれども。
「あっ、今度は僕が剥いてやるからっ!」
そのお言葉には甘えておくことにした。時人は私がしたのと同じように、綺麗にそろえて置いてくれた。なんだか格別に甘いような気がする。いや、多分気のせいだと思う。
「そうですね、あなたには去年ずいぶんと迷惑をかけられましたが」
「かけてないよ!」
「それはともかく、今年もよろしく」
時人はしばらく返す言葉がないようだったが、やがて小さくつぶやいた。
「……僕も。ことしもよろしく」
いつのまにか時人のつま先も暖まっていた。なんとなく、今年はいい年になりそうな気がする。
返事がない。というか、これはわかって無視している。
「時人。私が何を言いたいかわかりますよね?」
「僕が知るわけないじゃない」
「冷たい足をくっつけてくるなと言ってるんです」
こたつの中で軽く蹴飛ばす。
「……だって寒いんだもの」
「人の足で暖をとるとは、まったく図々しいですね」
蹴飛ばし返される。で、またくっつけられる。
「みかん取って」
「は?」
「みかん取ってって言ったんだけど」
私は呆れて肩をすくめた。
「自分で取ればいいじゃないですか」
「アキラの方が近いでしょ」
「じゃ、テレビ付けて下さい。時人のすぐ後ろにあるんですから」
みかんを剥いて口に放り込む。噛むとじゅわっと甘味が広がる。
「今年のみかんは出来がいいですね」
「テレビってなんだよ。君、見えないだろ!」
「テレビでやっているのは、無声映画だけでしたっけ?」
ぐっと詰まる時人はあまりにも可愛くて仕方がない。みかんを取って手の中でぽんぽん弾ませてみせると、時人が食って掛かってきた。
「早くちょうだいよ!」
「で、テレビ」
はっしと睨み合った(語弊があるが)のち、時人は舌打ちしてリモコンを放り投げてきた。私もみかんを転がしてやると、時人がコンと手で払う。みかんが私の手元にころころ戻ってくる。
「いらないんですか?」
「僕にも剥いて」
「何言ってるんですか、子供じゃあるまいし」
時人はとんと天板を叩いて口を尖らせた。
「僕、子供だから」
「年齢はあなたの方が上でしょうに」
「傍目には僕が下なんだし」
そのむちゃくちゃな理屈はなんだ!しかし思わず笑ってしまったので、私は剥いてやることにした。丁寧に渋も取ってやり、綺麗にそろえて時人の方へ押しやった。
「はい、どうぞ」
時人が食べだしたので、私はようやくテレビを付けた。バラエティ、ニュース、ドキュメンタリー……チャンネルを変えつつふと気づく。時人が食べるのを止めていた。
「どうしました?」
時人は口を結んでみかんを私の方に返してきた。
「美味しくなかったですか」
「美味しいけど」
「じゃ、どうして?」
時人はしばらく黙っていたが、ぷいと立ち上がり私の横に無理矢理座った。
「な、なにするんですか。狭いったらない」
「だって向こう側テレビ見えないんだもの」
リモコンを私から奪い、みかんでほおを膨らませながら、今度は時人がつぎつぎチャンネルを変える。いろいろな音があふれては消え消えてはあふれ、音量も上げていっそうにぎやかになる。
「これじゃ何がやってるかわからないですよ」
「だってつまんない番組ばっかり」
その時、たくさんの人であふれる夜の神社の中継がぱっと入った。夜店はかまびすしく、年の瀬の雰囲気。私はなんとなくしみじみした。
「それにしても、異なものです」
「なにが?」
「無理矢理ついてきたあなたがまだここにいるなんて」
2個めのみかんを今度は自分で剥きながら、時人はちょっと私を睨んだ。
「だって、絶対もう一度戦ってもらうんだから!」
「それで一緒に年を越すことになるなんてね」
その時、ぼーん……ぼーん、と遠くでくぐもった音が聞こえてきた。
「あ、除夜の鐘」
「そうみたいですね」
テレビはカウントダウンイベントを待つ人々の中継に変わっていた。テンションの高い司会の叫び声と、人々の熱気が伝わってくる。ただ単に日付が変わるだけなのに、こんなに騒ぐ必要もない。そう思っていたが、なんだか今年は楽しいように思えてきた。
『3 …… 2 …… 1……
あけましておめでとうございまーーーーす!』
遠くから花火の音も聞こえた。何がこんなに嬉しいのか、自分でもよくわからない。みかんを取ろうとすると、時人と手が重なった。時人の方が早かったけれども。
「あっ、今度は僕が剥いてやるからっ!」
そのお言葉には甘えておくことにした。時人は私がしたのと同じように、綺麗にそろえて置いてくれた。なんだか格別に甘いような気がする。いや、多分気のせいだと思う。
「そうですね、あなたには去年ずいぶんと迷惑をかけられましたが」
「かけてないよ!」
「それはともかく、今年もよろしく」
時人はしばらく返す言葉がないようだったが、やがて小さくつぶやいた。
「……僕も。ことしもよろしく」
いつのまにか時人のつま先も暖まっていた。なんとなく、今年はいい年になりそうな気がする。
スポンサードリンク