君が行くから仕方なく。

 濃い青い空が大きく広がって、柔らかい土は歩くたびにぽくぽく音を立てる。
 追いかける君の背中は笑っているようで、素知らぬ顔をしているようで、それでいてあたたかく僕を振り返るようにも見えて。
「ねえ、アキラ君」
「なんですか?」
 こちらを見もせずに、いつも通りのそっけない声。
「バカバカしくない?」
「なにがですか」
 僕は小走りで君の横に並び、辰伶の硬くてくどくてウザい文が書かれた紙をペラペラさせた。
「いきなり水舞台やるなんて言って、こんな紙切れ一枚でひとを呼び出すなんて。それでホイホイ素直に従うのもどうかと思うけど」
「行きたくなければ、時人は行かなければいいじゃないですか。スルーもありだと思いますよ」
「でも、君は行くんでしょ?」
 土の中の小石が爪先にひっかかり、苛ついて蹴飛ばした。
「だから、仕方ないから僕も行く。ここで撒かれやしない、絶対逃さないから」
「そんなこと言って、本当は壬生に戻りづらいからためらっているんですね」
「そんな……ことないけど」
 理由の一つを言い当てられて、思わず口ごもってしまった。見えないけど、多分アキラの口元は笑っているはずだ。悔しい。
「じゃあ、なんでアキラはあんな奴に応えてわざわざ行くの?」
「なんで、って」
 アキラは少し俯いて、顎に指を当てて。
「理由は一つです」
 ほんのりと口元が上がって。
「狂が来るかも知れないから」
 僕は絶句した。するしかなかった。結局君の頭の中は狂、狂、狂だらけ。なんだか泣きそうな気分で、でも、ぐっと唇を噛んだ。僕は何もかも承知で、君の後をついてきた。何もかもを承知で。これが僕が選んだ道。だから絶対、諦めない。悔しくて、諦められない。僕は吐き捨てるように、言葉を投げつけた。
「そのためなら、辰伶にも付き合ってやるってわけ?」
「いいえ。むしろそのために、辰伶を利用してやるわけですよ」
 思わず吹き出す、その言い方があんまりにも面白くって!なんだろ、さっきまで泣きたい気分だったのに。
「そう考えると、小気味いいでしょう?私はあの漢が大嫌いですから」
「僕も、嫌い。あの取り澄ましたところが特に」
 それから、僕よりもずっと長く父様との時間があって、そして……水舞台という、父様の技を受け継いでいるところが嫌い。だから、本当は水舞台なんて見たくない。僕が一度も見たことのない、父様の水舞台を知っているところが嫌い。そんな父様の後継者を気取っているところが嫌い。それでいて、ちゃんと壬生の復興に貢献しているあたりが大嫌い。
「じゃあ、二人であの漢をさんざからかってやりに行きましょうか。所詮外の世界を知らない漢、ってね」
 アキラは僕の肩をポンと叩いた。見えないくせに全部見透かしたみたいな微笑みで、私は何にも知りませんよみたいなからかい顏で。そしたら、さっきとは全然違う泣きたい気分になったから、アキラの肩を叩き返して、僕は素直に認めた。
「でも、本当のことを言うと、やっぱり壬生には行きづらいんだ」
「でしょうね。だったら最初言っていた通り、『アキラが行くから仕方なく行く』って言っておけばいいんじゃないですか」
 それはそれでどうなんだよ。と、ちょっと思ったけれど、小さく「そうする」って答えておいた。アキラは笑ってまた僕の肩を叩き、いや、叩くっていうか、一瞬優しく抱くようにして、すいと歩を早め僕の前に出た。
「だったら私より前を歩いちゃだめですよ。おとなしく後ろを歩いてなさい」
 前を歩く君の背中、その前にどこまでも突き抜ける真っ青な空。どこかで雲雀がけたたましく鳴いて、一陣の風が吹き抜けた。そして僕は思った、ずっと君の後ろを歩いて行ってやろうと。そう、ずっと君についていこう、と。
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