どちらが先に

「そう言えばあなたと私、どちらが先に死ぬんでしょうね」
 あまりにも唐突なその言葉に、僕は驚いて顔を上げた。
「なに言ってるの?」
「まあ、たぶん私なのでしょうが」
 アキラは肩をすくめた。
「あなたは不老不死の壬生一族で、私は生身の人間だ。そして何の血も持たない」
「どうして笑ってるの?」
「笑っていますか、私は?」
 僕を振り返って、アキラはにっこり笑った。憎い奴。
「僕は……たぶん、不老不死なんかじゃない」
「あなたの身体は若いままにとどめておけるでしょう。私は老いる一方ですが」
 その言葉は冷たい矢のように僕の胸に突き立ち、僕は思わず声を荒げた。
「でも、僕だっていつ死の病にかかるかわからない!」
 母様もおじ様もその病に倒れた。ひしぎだって逃れられなかった。大四老だから大丈夫だなんて保証はどこにもない。急に不安になる、泣きそうになる、僕は唇をぐっと噛んだ。それもこれも全部アキラのせいだ。こんな話をいきなり持ち出してきたアキラのせいだ。
「確かにあなたは、他の壬生一族よりは身体に負担をかけているのでしょう。でも大丈夫ですよ。灯がなんだか抗体を見つけたとか、この間聞きましたし」
 そういうことじゃない。君にはわからない。先に死なれるってどんな気持ちかってことも!
「きっとあなたは長く生きられる。ただ、死にかけている私を襲って『自分が勝った!』などとは言わないで下さいね?」
「そんなことするわけないでしょう。そんなのに勝っても面白くも何ともない」
 思いっきり不機嫌に言い放つ。僕は怒ってる。なのにアキラはくすくす笑う。
「それは良かった。これで安心して死ねますね、まあいつになるかはわかりませんが」
「馬鹿じゃないの。そしたら僕が死にそうになったらどうする?」
「そうですね、どうしてほしいですか。ひと思いにとどめを?それともできるだけ長くとあがきたいですか」
「僕は……僕は」
 思わず立ち止まる。自分が死ぬ瞬間のことなんて想像もつかなかった。でも、必ず起こりうること、逃れられない運命。アキラはとっくに知っていたのだ、僕が今初めて気がついたようなこともすべて。
 もっと、知りたい。
「考えたこともなかったよ」
「ええ。私も今の今までそんなこと考えたこともありませんでしたが」
「え?」
 アキラはにやりと笑って言った。
「なぜでしょうね。最近よく考えるんです。このままあなたとどこまで一緒に旅をすることになるのだろうか、と」
「わかった。じゃあ、僕の方があとに死ぬからね。逃げ切れやしないよ?」
「これは怖い怖い」
 気がつくと僕は笑っていた。どうして急に楽しくなったのか。アキラも楽しそうに笑う。
「ならば私ができる限り生き延びれば、あなたを追い払えるというわけですね」
「そうはさせないから。絶対君に勝ってやるんだから」
「これはこれは。剣を交えたあの時、あなたに言ったはずですよ、死んでいただきますと。その通りにしてもらいましょう」
 僕は小太刀をすらり抜く、アキラはすっと身をかわす。風が何もない草原を吹き抜け、じゃれあうように僕らは走る。青い匂いがうわあっと舞い、雲一つない空を駆け上がる。ひらりひらりと僕らの着物の裾が揺れ、太陽の光は刀にきらきら。汗ばんだ僕の手を、アキラがふと優しく取った。
「私がちゃんと看取ってあげますから安心しなさい、ね?」
「嘘。さっきまで自分の方が先に死ぬとか言ってたくせに」
 どこまでも続く青い空の下、限りある生命の僕たち、幸せすぎる笑い声をそこらにやたらまき散らして。
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