この広い空の下

「また、負けちゃったね」
「……次は、勝ち、ますから」
 途切れ途切れに答えるアキラは、草の上に両手両脚を投げ出していた。腹が大きく上下して、息も苦しそうだ。なのに、とても生き生きと嬉しそうな顔をしている。鬼の子に何回負けても、これだけはいつも変わらない。
「負けるの、何回目だっけ」
「それは、あなたが、数えてくれていた……はずですが」
 うん、そうなんだけどさ、知ってるけどさ。僕は横に座ってアキラを見下ろしながら、しばらく黙った。服のあちこちが裂け、新しい傷や古い傷跡がごちゃごちゃに見えている。
「なにを……じろじろ、見ているんですか」
 僕はカッと頬が熱くなって、ふいと目をそらした。
「どうしてこんなになるまでやめないのかな、と思っただけだよ」
「もう知っているくせに、なんどもそう言うんですね」
 アキラはくすっと笑って、手探りで僕の袖に触れた。僕は……ちょっとためらったけれど、そうっと指をのばしてアキラの手にさわった。ゆっくり指が絡み合って、僕は空を見上げる。抜けるような美しい青い空を。
「今日はすごく、空が青いんだ」
「そうですね。綺麗な空だ」
 僕は呆れてアキラを見下ろした。
「なに言ってるの。アキラには見えないじゃない」
「あなたがそう言うんなら、きっとそうだろうと思って」
「馬鹿言わないで!」
 まったく、アキラは時々なんてことを言うんだよ!こんなときはアキラが盲目で良かったと思う。僕の真っ赤な顔を見られたくなんかないから。
「馬鹿って……私が馬鹿を言ったことなどありますか?真っ赤な顔のお嬢さん」
「な、なんでわかるんだよ……って!なに言わせ」
「わかりますよ。あなたのことならなんでもね」
 アキラはにっこり僕の言葉を遮った。悔しいので僕はアキラの手から指を引っこ抜く。アキラは楽しげに笑い、その手で髪をかきあげた。
「そろそろ起きられそうだ」
 そうつぶやいてアキラは、草の上に手をついた。身体を傾けてゆったり向きを変え、肘をついて起き上がる。ぐらっと身体が傾いた、僕は何も考えずに飛びついて背中を支えた。アキラは荒い息をついて体勢を立て直し、ようやく腰が据わった。
「ありがとう、時人」
「……どういたしまして」
 アキラにありがとうって言われるのが好きになって、どれくらい経つんだろう。そんなふうに考える僕の上に、青空は今日も素晴らしく広がっていた。
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